誰もが持っているもの

ねえお月さま。

丁寧に作られたものが私は大好きです。
それは祖父が宮大工であったことや祖母が和裁をしていたこと、
母が日常のあらゆるものを丁寧に手作りしてくれていたことの影響は大きいと思います。
小学校で使うリコーダーのケースも母の手作りで、今もお念珠を入れて持ち歩いています。
お念珠よりも袋のほうがお守りのように強く感じています。

人の念はとても弱いので、手仕事の時間を重ねエネルギーを注いでいくことで、そこには大きな呪い(まじない)が加わって誰かを支えてくれます。
そして、その作ってる時間、注ぐ思いは、ほとんどが温かく優しいもの。
幸せな姿をイメージして時間を重ね注がれたものです。

ですが、その手づくりに限ったものだけでもないんです。
今まで聞いた中でも、就職祝いにお父さんにもらったお財布であったり、
お孫さんに初めてもらったプレゼントの百均の湯呑みを、何よりも大切にする
おばあちゃんのお話も聞きました。
新しい生活が始まる大きな節目に、自分で自分に贈るギフトもそうですよね。

その思いが、ものを選ぶ時間であったり、手渡す時のお互いの気持ち。
そしてそこから使う人の気持ち。
それらの重なりが、そのものに特別なエネルギーを宿すのです。

神社やお寺も、たくさんの人たちが時間を超えて何百年と祈り重なった時間がそこにあります。
そして、平和、人々の心の安穏、戦災や自然災害のご供養などなども含めて、生涯を捧げ祈り繋いできた神職さんや僧侶さんたちのお力もそこにはあります。

日常の中で、誰かの美味しい幸せや健康を祈り作られるご飯や、誰かの大事な節目の時間を衣服を整えることで支えることもできたりします。安らぎと休養をベッドメイキングで整えたり、一歩前に堂々と足をすすめるために靴を磨いたり日常の暮らしのことはその魔法をかけられる時間なんです。
それは今の自分が、未来の自分にできることでもあります。

誰かを大事にすること。
そして何よりも自分で自分を大事にすること。
そのためにできること、忙しい日常の中、ほんの少しだけ、ささやかな気持ちを注いでみることは、とてもスピリチュアルなんだと思います。

時間を重ねて、思いを重ねて、少しずつ未来を明るくしていくこと。
その力は誰もが持っているものだと思います。