準備の時間

ここ数日曇天が続いていて太陽が恋しい。

気持ちが沈んでいるとは感じていなかったけど、
気持ちの浮き立つものを探していると言うことは、ちょっと重くなってた。

近所の沈丁花の花が咲くのを待ち侘びつつ、蕾が膨らみ香りが増すことが嬉しい。

三寒四温で寒暖の差が体調にさし障ることに気を使う人も多いし、
そのことを労う事が挨拶の様にもなっている。
気を回し、優しい言葉が挨拶になるのは素敵だとも思うけど、
形式になってしまうことに寂しさも覚える。

三寒四温もとても必要だと感じる。
いきなり暖かい日ばかりが続いたとしたら、きっともっと体調は崩れてしまう。

生まれるまでから生まれてしばらくの間や、
一人で冥界に旅立とうとするまでの時間やなんかの
「これから」に向けて誰かが寄り添う時間がある。
もちろんそれは当人にとって不可欠な時間であることは間違いない。
でもそれは、寄り添う側の「誰か」にとっての準備期間としても必要だと思う。

直面してる時は「苦」でしかなく、過ぎ去ってみると安堵がやってきて、
さらに時間が経過すると「懐かしさ」や「優しさ」を纏う時間になる。

自然の摂理は本当にいつも良くできていて、愛しかないなと思うことも多い。
でも勝手なもので、目先のことに溺れてすぐに忘れてしまう。

その過程の時間は必要なんだろうな。
それでもやっぱり太陽は恋しいな。